1990年代前半、僕が早稲田の学生だった頃の話をさせてもらいましょう。
当時の原宿竹下通りは、まさに「リアルなカオス」でした。
今みたいに整理された観光地じゃなくて、本当に雑多で、時には危険な香りもする、そんな場所だったんです。
『STREET』や『tune』でアルバイトライターをしていた僕は、毎週のように現場に足を運んでいました。
そこで見たのは、SNSもインターネットもない時代に、純粋に「表現したい」という衝動だけで集まってきた若者たちの姿でした。
彼らのファッションは「誰かに見せるため」ではなく、「自分であるため」のものだった。
そんな時代から30年以上が経った今、ストリートファッションは大きく様変わりしています。
目次
情報が「現場」から「画面」へ移った日
雑誌・ショップ・現場の「聖なる三角形」
SNSが登場する前のストリートファッション界には、独特の情報流通システムがありました。
まず雑誌が新しいブランドやスタイルを紹介する。
次にショップがそのアイテムを仕入れ、店員さんが着こなしを提案する。
そして現場で実際に着ている人たちを見て、「あ、これかっこいいな」って感じでスタイルが広まっていく。
この三位一体のシステムがあったからこそ、「オーセンティック(本物らしさ)」が自然に生まれる仕組みになっていたんです。
ファッションスナップが持っていた「重み」
当時のファッションスナップには、今では信じられないほどの重みがありました。
撮影される人も「これは記録に残る」という意識があったし、撮る側も「この人のスタイルは本当にかっこいいのか?」を真剣に見極めていた。
だから、雑誌に載るストリートスナップは、まさにその時代の「リアル」を切り取った貴重な資料だったわけです。
SNS時代の大転換:「いいね」が価値を決める世界
InstagramとTikTokが生んだ新しいアイコンたち
2010年代に入って、すべてが変わりました。
InstagramとTikTokの登場です。
突然、フォロワー数が「影響力」の指標になってしまった。
以前なら「あの人、めっちゃおしゃれやん」って現場で認められるまでに時間がかかっていたのに、今は一晩でバズることもある。
これは決して悪いことじゃないんですが、「本物らしさ」の基準が根本的に変わってしまったんです。
数字が語る現実
実際、データを見ても驚くべき変化が起きています。
Z世代の83.4%がファッション情報収集の1位にInstagramを挙げているし、SNSの情報をきっかけにECサイトで商品を購入した人の割合は、Instagramが最も多く60.7%にも達している。
つまり、「現場に行かなくてもファッションがわかる」時代になったということです。
「空気感」は画面越しに伝わるのか?
僕がいつも疑問に思うのは、果たして画面越しに「空気感」は伝わるのか?ということです。
ブランドが持つ独特の雰囲気や、そのアイテムを着たときの気持ち。
街を歩いているときに感じる「あ、この人センスいいな」という直感的な感覚。
これらは実際に足を運んで、五感で感じるものだと僕は思うんです。
でも今の子たちは、画面で見た情報を「リアル」として受け取る能力に長けている。
これが良いか悪いかではなく、ただ「時代が変わった」ということなんでしょうね。
象徴的事件:Supreme × Louis Vuittonが起こした「革命」
誰も予想しなかった奇跡のコラボ
2017年、ファッション界に衝撃が走りました。
ストリートブランドの「Supreme」とラグジュアリーブランドの「Louis Vuitton」がコラボを発表したんです。
これ、当時は本当に信じられなかった。
「あのSupremeが?」「あのルイ・ヴィトンが?」って感じで、業界中が騒然としたのを覚えています。
前代未聞の熱狂ぶり
南青山の期間限定ポップアップストアには、連日すごい行列ができました。
- 初日:約7,500人
- 一週間後:約8,700人
これだけの人が並ぶって、もはや社会現象ですよね。
コラボが生まれた意外なきっかけ
実は、このコラボのきっかけは意外とシンプルでした。
ルイ・ヴィトンのCEOがアーティスティックディレクターに「Supremeに興味がある」と電話をかけた。
それだけです。
でも、この一本の電話がストリートとラグジュアリーの境界線を完全に破壊してしまった。
ハイエンド化を加速させた社会と経済の力学
「限定」と「バズ」が新しい価値基準に
SNS時代になって、「限定」や「バズ」が価値そのものになってしまいました。
昔は「これ、良いものだから長く使えるよ」というのが価値だったのに、今は「これ、みんな欲しがってるから価値があるよ」になっている。
経済学でいう「希少性の原理」が、SNSによって極端に加速されたんです。
ブランド側の戦略的変化
ラグジュアリーブランドも、この変化を見逃しませんでした。
従来のマーケティング手法だけでは、若い世代にリーチできない。
だからストリートブランドとのコラボや、インフルエンサーマーケティングに本格的に乗り出した。
これが、ストリートファッションのハイエンド化を一気に加速させる結果になったんです。
具体的な戦略の変化
- コラボレーション戦略:異業種・異文化との積極的な融合
- インフルエンサー起用:従来の広告モデルからの脱却
- 限定性の演出:「手に入らない」ことの価値化
変質する「ストリート性」と新世代の模索
「アンチメインストリーム」からの逆流現象
面白いことに、最近は「アンチメインストリーム」な動きも出てきています。
あまりにもストリートファッションが商業化されすぎて、「本当のストリート」を求める声が若い世代から上がっているんです。
古着屋巡りが再ブームになったり、マイナーなブランドに注目が集まったりしているのも、その表れかもしれません。
若手世代が模索する「新しいリアル」
2024年のZ世代のトレンドを見ていると、興味深い傾向が見えてきます。
Y2Kファッションや平成ブームが盛り上がっているのは、彼らなりの「オーセンティック」を求めている証拠だと思うんです。
SNSネイティブ世代だからこそ、逆に「デジタルじゃない価値」を求めている。
これって、すごく健全な反応だと思いませんか?
実際、HBSのようなハイエンド・ストリートウェアブランドが話題になっているのも、その一例でしょう。
ベトナムのハノイ発のブランドが日本の若者に注目されるのは、SNSを通じた情報流通があってこそ。
でも、彼らが求めているのは単なる「バズ」ではなく、確かな品質と独自性を持った「本物」なんです。
「空気感」を伝える新しい方法
僕らの世代が大切にしてきた「現場の空気感」を、今の時代にどう伝えていくか。
これは、ファッション業界全体の課題でもあります。
TikTokの1.5時間という利用時間の中で、どれだけ本質的なことを伝えられるか。
技術と感性の両方が試される時代になったということですね。
これからのストリートファッション
SNSが生んだ恩恵と課題
SNSがストリートファッションにもたらしたものを整理してみると、恩恵と課題の両面が見えてきます。
恩恵の部分では、情報へのアクセスが圧倒的に良くなった。
地方にいても最新のトレンドがわかるし、世界中のストリートスナップを見ることができる。
課題の部分では、「本物らしさ」の基準が曖昧になってしまった。
フォロワー数だけで判断されてしまうことの危うさもあります。
「リアル」を知る世代だからこそ語れる未来
僕らみたいに、SNS以前の「リアル」を知っている世代の役割は、決して過去を懐かしむことじゃありません。
新しい時代の「本物らしさ」を一緒に作っていくことだと思っています。
技術は進歩し続けるし、若い世代の感性も変化し続ける。
その中で、変わらない「かっこよさ」の本質を伝えていくのが、僕らの使命なのかもしれませんね。
この30年間でストリートファッションは確実に変わりました。
でも、「自分らしくありたい」という根本的な欲求は変わっていません。
SNSもハイエンド化も、その欲求を表現するための新しい手段に過ぎない。
大切なのは、どんな時代になっても「自分の感性」を信じることです。
それができる人が、結局は一番かっこいいんじゃないでしょうか。